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508: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/07(木) 22:53:23.01 ID:h8ZXCtPT
懐中電灯を片手に曜の声がするほうへ歩いていく。

これで外に出られる、そう思うと歩くペースも早く軽やかになった。

善子「曜!どこにいるの!」

曜「あっ、善子ちゃん……!こっちだよ!」

一寸先は闇のなか、声を掛け合って合流を図る。

再会できたのは、池から右の洞窟を通ってしばらく進んだ先の空間だった。

曜「善子ちゃん!」

善子「曜!」

ようやく対面を果たす。

オリーブ色のトレンチコートを着て、右手に懐中電灯をもつ曜は、笑顔で歩み寄る。

いつも軽装の彼女が、めずらしい。善子は意外に思った。

曜「やっとみつけたよ!探したんだから……」

曜「洞窟の出口は美渡ねぇたちが見張ってるから、奥の方の出口に……」

曜「さあ、行こう!」

そういって左手を伸ばし、善子の手を掴む。

善子「わかったわ、行きま――」

うなずいた善子は手元に視線を向けた瞬間。

善子「……ッ!」

背筋に戦慄が走る。目を大きく見開き、後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

反射的に曜の手を振り払う。

509: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/07(木) 22:56:00.58 ID:h8ZXCtPT
曜「えっ、どうしたの……?」

きょとんとした目を善子に向けた。宙に浮いた左手を持て余している。

善子「……ねえ、曜……」

ブルブルと震える唇を無理に開け、のどに詰まっていた言葉を一気に吐き出す。


善子「その左手の小指――」

曜をキッとにらみつけた。その顔は今までの仇敵を見つけたような、恐怖と怒りに満ちた表情だった。


善子「――どうしたの?」

善子は彼女の左手を指さし、問いただす。

曜に掴まれて、ふと目を向けたとき、左手の小指の末端がなにか強い力でちぎり取られており、その赤黒い傷口から骨が露出しているのを見つけた。

ルビィが最期に遺した言葉を思い出し、とっさに曜の手を振り払ったのである。


曜「……」

対する曜は何も言わず、自分の顔面に左手を持ってくる。青い瞳で、まじまじと痛々しいその傷口を確認した。

そして、ハァと深いため息を漏らして左手を下ろすと。


曜「あーあ、ルビィ様がしゃべっちゃったかぁー」

微笑を浮かべ、少し悔やむような軽い調子でいった。

まるでいたずらが見つかって、ばつが悪そうな顔を浮かべる無邪気な子供のような曜に、善子は戦慄した。

514: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/08(金) 07:03:09.33 ID:9Zf5whAI
曜「驚いたよ!あんな小さい臆病なルビィ様がさ。刺したとき、叫ばれないように口をふさいだのがいけなかったねー」

曜「指が無くなって、すっごく痛かったであります!」

八人を殺し、それを見抜かれたのに相変わらずの調子のままでいる彼女に、善子は身震いした。

こいつ、尋常じゃないわ。脳裏で激しく警鐘が鳴る。

曜「善子ちゃんがいけないんだよ。もうちょっと来るの遅くしてほしかったなー」

曜「あの弁当に、毒を入れられたのにさ」


善子「……は?」


曜「そうしたら、食べちゃって死ぬでしょ?そのあと聖良さんを殺して、任務完了!」

曜「……だったのに」

曜「痛かったよー、それどころじゃなかったよー」

ハァ、と長いため息をついて残念がる。

これでもかと目をカッと見開き、微笑みを浮かべていた。

――悪魔だ、悪魔よ……!

生まれて初めてみた本物の悪魔を前に、背筋が凍てついた善子は後ずさりする。

515: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/08(金) 07:06:16.37 ID:9Zf5whAI
善子が身じろぎしたのを確認した曜は、サッと真顔に戻る。


曜「ま、いっか……」


懐中電灯を左手に持ち替えると、右手を背後に回し。


曜「……ここで殺せばいいんだもんね」


右手に取り出した何かを握りしめ、構える。

それはナイフより刃渡りが少し長い、小銃の先端に取り付けて刺突する刃物――銃剣だった。

これでルビィの脇腹を刺したのか、凶器の出現に善子は額に汗を浮かべ、身構えた。


曜「千歌ちゃんがね、言うの……」

曜「よーちゃん、寂しいって。だからさぁ――」

曜「――話し相手になってあげてよ」


地面を蹴って一気に駆け出し、善子との間合いを詰め、銃剣を持つ手で刺突を繰り出した。

522: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/08(金) 23:19:51.51 ID:9Zf5whAI
善子「わっ……!」

善子は横跳びでかわす。足場の悪い地面で、曜が直前に少し速度を落としたことが功を奏した。

平地ならおそらく、いや確実に銃剣が腹に突き立てられてただろう。

自らの悪運の強さをありがたいと思った。

仕損じた曜は、くるりと振り向き。

曜「なーんで、よけちゃうかなぁー?」

曜「千歌ちゃんがかわいそうだと思わないのッ!ねえ!」

こめかみに青筋を走らせ、目を見開いて叫ぶ。

何かが取りついたような豹変ぶりに、善子は戦慄した。

善子「し、知らないわよ!そんなこと!」

弾かれるようにその場から逃げ出した。

一刻も早く、この悪魔から逃げなければ、殺される……!

全速力で地下道を駆け抜ける。

曜「あははっ!鬼ごっこでありますか?」

曜「待つでありまぁーす!」

狂気じみた笑い声をあげ、銃剣を片手に曜が追いかけてきた。

523: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/08(金) 23:22:57.14 ID:9Zf5whAI
安全な場所を求め暗黒の地底世界を走って、走って、走る。

善子は決死の逃避を試みていた。

しまった、きた道を戻っている……!

気付いたときにはすでに遅く、白玉の池のほとりに出ていた。

背後を振り返ると、地下道の奥からゆらゆらと揺れる明かりと、激しい足音。そして曜の笑い声がここへ近づいてきている。

ただ逃げているだけでは、必ず追いつかれる。

善子「だったら……」

浮いているイカダに目をやり、すぐに飛び乗った。

対岸の先には、迷路のように入り組んだ洞窟たちがある。そこで曜を手間取らせて、その先にある白衣観音へ逃げるつもりだ。

母が遺した地図には、白衣観音の先に細い地下道が通っており、外へ出られるようになっている。

その出口は名称がない――きっと村人も知らない場所に違いない。

善子「いちかばちかよ……!」

追い詰められても活路をなんとか見出そうと、善子はあがき続ける。

524: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/08(金) 23:27:15.54 ID:9Zf5whAI
ちょうど池の真ん中を越えたころ、さっきいた岸から曜の声がした。罵倒と咆哮が入り混じっており、何を言っているか善子にはさっぱりだった。

善子「フッ……そこで大人しくしてなさいっての!」

捨て台詞を吐く。悪魔の手から逃れ、ようやく余裕の笑みを見せた。

が、それはつかの間の安息であった。

曜「敵艦見ゆ!前方に揮発性の高い都会娘!」

曜「全速前進!ヨーソロー!」

振り返ると、もうひとつのイカダに曜が乗り、凄まじい水音を立てて追いかけてきていた。

善子「う、うそでしょ……!」

執念の追跡に驚いた善子は、全力で何度も竹竿で水底を押し出して速力をあげる。

追いつかれる前になんとか対岸に飛び移り、岩の割れ目へ飛び込む。

善子「ハァ、ハァ……!」

息を切らしながら、逃避を続ける。その先に広がる入り組んだ迷路を、垂らしたロープを頼りに進んでいく。

遠い背後から曜の激しい息遣いを耳にしつつ、出口となる一本道の地下道に到達した。

――その先は白衣観音。未知の場所だ。

長きにわたった洞窟探検の最後が、こんな命がけの切羽詰まったものだなんて。

なんて皮肉な、と思いながら善子は白衣観音へ続く地下道を奥へ奥へと駆けていった。

531: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/09(土) 23:58:35.30 ID:7+pAmm9a
善子は気づいた。

この地下道の奥から、ゴウッと空気の流れる音が聞こえてくるのだ。

善子「近いわね……!」

ようやく悪魔からの逃避行が終わろうとしている。希望を見いだせてきた。

しばらく地下道を進むと、大きな空間に出た。

耳をすませば、曜の声や足音は聞こえてこない。きっと、あの入り組んだ地下道で迷っているのだろう。

息を整えたあと、懐中電灯であたりを照らす。あの空気の音はここからきているようだった。

どんな場所か、余裕をもって探索してみる。

そこは二階建て家屋より高い天井で、そこに無数の尖った鍾乳石がぶら下がっていた。地面にはところどころに白玉の池の底にあったような丸い石が転がっている。

しかも一部が沈下しているようで、空間の端に底知れぬ大きな穴もあった。

どうやらここは大昔、水を満杯にたたえた地底湖だったようだ。それが地殻変動で水がどこかへ流出し、この巨大な空洞を形成したのだろう。

その中央にある、ひときわ大きく目立つ、大自然が生み出した構造物に目を奪われた。

善子「これが……白衣観音……」

懐中電灯の明かりで浮かび上がる、神々しい姿に息を飲む。

532: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/10(日) 00:00:14.71 ID:3jfu/Eii
それは天井の鍾乳石から落ちた水が悠久の年月を経て形成した、頭と胴体にも見えるヒトの体形をした石筍だった。

そこに落下してくる石灰成分の水滴や、水位低下の影響があったようで。その石筍は、包み込むかのように乳白色の堆積物をまとっている。

――まさに白い衣をまとった仏像、観音様のような姿ね。

この自然のイタズラが成したものに、善子は関心した。

善子「ここが、母の遺した最後の場所……」

なにか手掛かりは、と観音像の足もとを調べると。

ドロドロになった無数の蝋燭の燃えカスが山のようにあった。そして、そばに厚手の毛布も発見。それらは、かなり昔に放置されたようでだいぶ風化していた。

善子「この場所に来たのは私だけじゃないみたいね……」

きっと母か校長先生に違いない。しかも、ここで寝泊まりをしたみたいだ。

慈悲深い観音様の足もとで一晩を過ごすなんて、ご利益がありそうね……。

ここを訪れた母へ思いをはせていると。

曜「よーしこー!よーしこー!」

追手の甲高い呼び声が入り口から聞こえてきた。

善子「……急がないと」

探索を切り上げ、空気の流れる音を頼りに観音像の裏手の岩壁に向かう。

地図には脱出路があった。そこから、一気に地底世界の外へ。

そのはずだった。

539: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/10(日) 20:52:47.22 ID:3jfu/Eii
善子「嘘……!」

希望の洞窟は崩れて通れなかった。地図にある以上、昔は通れたが地震かなにかで崩落した岩石によってふさがったのだろう。

ゴウッという空気の音は、そのふさがった岩の隙間から吹いていた。

善子の表情は絶望の一色に染まった。

目の前は埋まった洞窟。背後には殺人計画達成を目指して執念で追い回す曜。

まもなくここに現れるだろう。

再び追い詰められた善子。

善子「どうしよう……」

こみ上げてくる焦燥をなんとかおさえつつ、落ち着いて考える。

そして思いついた。

この巨大な観音像に身を隠し、曜がここを探し回っている間に背後へまわり、こっそりと池へ続く道に戻る作戦を立てる。

さっそく作戦通りに隠れようと懐中電灯を消した瞬間、一気に明るくなった。

曜「あはははっ!みぃーつけたぁー!」

追いついた曜が善子の顔に光を浴びせていた。その顔は歓喜に満ちている。

540: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/10(日) 20:54:12.77 ID:3jfu/Eii
曜「さあ、いこっか。千歌ちゃんが待っているよ……」

銃剣を構え、ツカツカと確実に善子の前に歩み寄る。

最後のあがきとばかり、曜と対峙した。

善子「千歌、千歌って……あんたが殺したんでしょうが!」

曜「うるさい!勝手に参列するのがいけないんだッ!」

曜「千歌ちゃんはミカンのシロップ漬けが食べたくて志満姉の代わりに来ただけの、食いしん坊なの!そこが可愛いんだよッ!大好きなんだよッ!」

曜「それなのに、それなのに……グスッ……ひどい、ひどすぎるよぉ……」

曜「あー!なんでそうなるかな!最悪だよ、さいあくぅー!」

見開いた目から大粒の涙を流し、口角から泡を吹いて激情のままに叫ぶ。ブンブンと腕を振って地団駄を踏んでいた。

やはり、尋常ではない精神状態だ。

曜「……ま、いっか。あとでサクッと聖良さん殺してサクッと終わらせるから」

一気に熱が冷めたように、サッと真顔になると再び銃剣を構えた。

腰を落とし、膝を曲げて勢いよく駆け出してからの刺突を繰り出そうとする。

ああ、万事休すね……。狂気じみた曜と正面から乱闘しても勝てるわけがない。

完全に追い詰められた善子。観音像を背に諦めの境地に入っていた。

542: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/10(日) 20:56:46.54 ID:3jfu/Eii
善子が二十七年の生涯を振り返った――そのときだった。

突然の轟音と共に、この空間が激しく横に揺れる。それは善子と曜の体勢をぐらつかせるほど強かった。

善子「んなっ……地震?」

片手を地面についた善子の頭上にパラパラと小石や粉塵が降り注いでくる。

そして、先ほどからゴウッと鳴っていた空気の音が大きくなったかと思うと、目の前に円錐形の大きな鍾乳石が地面に落ちてきた。

激しい落下音と共に、鍾乳石が砕け散る。

それだけにとどまらず、天井から何度も降り注いできた。

善子「ヒイッ……!」

叫び声をあげて後ずさりする、その勢いで大きく尻もちをついた。

――落盤だ。

恐怖のあまり善子は両手を頭の上にのせ、身動きできずにうずくまるしかなかった。

実はこの落盤、地上で起きたひと騒動が原因だった。

555: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/11(月) 08:19:41.13 ID:XZRR9N9P
時間は落盤発生より少し前に戻る。

地下で善子が曜に追い詰められているとき、地上の鬼の口では依然としてにらみ合いが続いていた。

リーダーである美渡の執念が、村人たちを団結させて一歩も譲らない様子だった。

夕暮れ時が近づき、日も斜めに傾き始めてきた。

――このままでは夜になってしまう。

絵里と海未は焦った。

夜になれば、犯人特定はおろか善子らの生命も危険にさらされる。

刻一刻と期限が迫っていた。

行動を起こしたのは、絵里。

絵里「……このままではラチが明かないわ」

絵里「制圧行動よ、制圧してちょうだい!」

予備隊長に要請した。すぐに隊長がホイッスルをくわえると、一気に吹いた。

それを合図に、警棒より長い警杖を持った予備隊員が村人の集団に突入。

洞窟の前で、入り混じっての大乱闘を繰り広げていった。

さすが暴徒鎮圧に特化した部隊。みるみるうちに村人たちを制圧していく。

しかし、彼女はあきらめなかった。

美渡「いってぇ!この……!」

美渡「こんな洞窟……人殺しと一緒に潰れればいいんだ!」

激しい抵抗でふたりの予備隊員を力づくで押し出し、間合いを確保した美渡が最後の切り札を用意した。

556: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/11(月) 08:21:32.70 ID:XZRR9N9P
後ろに回した手を前に掲げる。その右手には、数本の筒状のものをまとめて束にした物が握られていた。

それが何か気づいた海未が、絵里に大声で伝える。

海未「絵里!あれはダイナマイトですよ……!」

絵里「なっ……!それを渡しなさいッ!」

もみあう村人と予備隊員のあいだをぬって、絵里が美渡へ駆け寄る。

そう、美渡の手にはダイナマイトが握られていた。

かつて発破漁の道具として使われていたが、法令により禁止されたのち、漁師が秘密裏に所持していたものを美渡が譲り受けていた。

まったく善子が出てこない、もしくは警察による鎮圧行動が始まった時に出す切り札として。

美渡「くっ……放せッ……!」

絵里「早く渡し……なさい……!」

激しい奪い合いは、絵里に軍配があがった。

バレエで鍛えたしなやかな柔軟性を活かした逮捕術で美渡の腕関節を固め、その痛みで落としたダイナマイトをすぐに拾い上げる。

絵里「こっ、こんなものどこから――」

海未「――絵里!火が、火がついてますッ!」

大声で叫び、震える指でダイナマイトの先端を指し示す。

557: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/11(月) 08:24:10.76 ID:XZRR9N9P
絵里「えっ……ああああ!」

導火線に火が付いたダイナマイトを持ち、あたふたする。

それに気づいた村人や予備隊員が一斉に絵里の周りから逃げ出した。

持っているうちに導火線がますます短くなる。さらに結束していた導火線が分かれたため、引きちぎるという最終手段もとれなくなった。

絵里「なんで逃げるのよ!」

涙目で叫ぶ、急いで周囲を見回し。

絵里「……みんな伏せなさい!」

鬼の口めがけ、ダイナマイトを投げ込む。そして、急いでその場を離れたそのとき。

大きな炸裂音と共に、粉塵と石ころを鬼の口が吐き出した。

この爆発が白衣観音の落盤を引き起こしたのだった。

559: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/11(月) 22:57:50.27 ID:XZRR9N9P
爆発で鬼の口や頑丈な石灰岩で形成された洞窟は大きく崩落しなかったが、元地底湖で水による風化が激しかった白衣観音では大きな影響を及ぼした。

もろくなった天井が崩れ落ち、足元には大きな亀裂が縦横無尽に入ってきた。

曜「死ねえッ!」

激しい揺れのなか、動かなくなった善子を好機とみた曜は、銃剣を構えて走りだす。

善子「……ッ!」

なんとか身体を起こした善子の目に映るのは、怪しく光る刃を握りしめて狂気の笑みを浮かべて全速力で駆ける曜の姿。

抵抗らしい抵抗もできない善子は、頭を抱えて悲鳴をあげるしかなかった。

そのとき、曜の行く手をふさぐように多くの鍾乳石が落ちてきた。地面に突き刺さるように落ち、破片をまき散らす。

曜「くっ……」

その衝撃と断続的な揺れで体勢を崩した曜は、歩みを止めた。

――なぜ邪魔をするんだ!

この洞窟とミュウズへ怨念を込めて、うらめしく天井を見上げると。

巨大な鍾乳石が鋭利な先端をこちらに向けて落ちてくるのが見えた。

曜「……あ」

これが連続殺人犯の最期の言葉だった。

560: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/11(月) 22:59:21.25 ID:XZRR9N9P
そのまま鍾乳石は地面に落下。粉塵と大きな音を立てて曜を巻き込んだ。

善子「あれ……?」

揺れがおさまって、顔をあげてみると。

そこに曜の姿はなく、根元が折れた巨大な鍾乳石がそびえ立つのみだった。

善子「やったの……?」

しばらく身構えたが、曜が現れてこないのをみると、落下で行動不能になったのは確実なようだ。

安心感から来るプツンと切れた緊張の糸の影響で、善子はその場にへたり込む。

善子「……墓標にしては大きすぎるわね」

なんともいえない気持ちで石を眺めていたそのとき。

バリバリと大きな音を立てて地面に亀裂が入り、足元の地面が崩れ落ちた。そして現れた漆黒の穴が善子を吸い込もうと大口を開ける。

善子「んなっ……!」

危機一髪だった。

落ちていく寸前に右手を伸ばし、穴のへりに手をかけてなんとか命拾いした。

561: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/11(月) 23:01:02.16 ID:XZRR9N9P
宙ぶらりんの状態になった善子。

善子「くうっ……」

なんとか左手もへりにかけてよじ登ろうと腕を伸ばす。そのとき右手に力をかけすぎたのがまずかった。

もろくなっていた周囲の岩がひび割れて、砕けてしまった。

あわてて右手を動かすも、むなしく宙を掴むだけである。

善子「……あっ」

右手を伸ばしたまま、闇に吸い込まれていく善子。

ああ、もうダメね……。

頭上を見上げ、生きることを諦めきったそのとき。

カーキ色の長袖を通した白い手が地上から伸び、善子の右手首を力強く掴んだ。


聖良「善子さん……今度は逃がしませんよ……!」


鹿角聖良が息を切らしながら、穴から顔をのぞかせた。

567: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/12(火) 23:27:45.38 ID:d2McLYRH
聖良「さあ、しっかり掴んでください……!」

その声に応じて、差し出された手を善子はがっちりと掴む。

聖良「足をかけられる場所はありますか?あるなら、引き上げられそうですが……」

善子「あったわ……!」

宙吊りの状態から、なんとか足を崖に伸ばして、かけられる足場を見つけた。

聖良「……いいですか、せーの!」

息をつめて引っ張る力を込める聖良にあわせて、善子は足場を蹴って登る。その勢いのままに引き上げてもらった。

こうして善子は奈落の底から生還した。

善子「あ……ありがとう……」

その場でへたり込む善子は、まず聖良に礼を述べる。なぜ自分を助けに洞窟に入ったのか、疑問の眼差しを向けた。

善子「どうしてこんなところまで来てくれたの……?」

すると、その問いに答えるように聖良が口を開く。

聖良「――頼まれたのです。村人があなたを狙って洞窟へ追い詰めたから、脱出のために力を貸してほしいと」

善子「一体、誰が……?」

聖良「渡辺曜、です」

善子「えっ……!」

驚いて目を丸くした。だが、他に知りたいこともあったので、さらに尋ねる。

568: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/12(火) 23:30:52.97 ID:d2McLYRH
善子「……でも、村人が恐れる洞窟に飛び込むなんて、勇気がありますね」

そういうと聖良は少し口ごもったあと、答える。

聖良「実は、夜中に洞窟を何度も探検したことがあって慣れていますから……力になれると思ったのです」

聖良「そこで洞窟に入ると、いきなりルビィさんが倒れていますし、あなたからいきなり殺人犯扱いされて、逃げられるし……大変、困りましたよ」

善子「……すみません」

聖良「いえ、お気になさらず。そちらも大変だったでしょうから……」

聖良「そして逃げられたあと、さまよっていたら。白玉の池の先――この場所は行ったことがなかったのですが、あなたの声が聞こえたので岸辺の杭をつたって駆けつけたのです」

聖良「目印もあったので助かりましたよ」

聖良がここまで来れたことに納得すると同時に、善子は背筋がぞくりとした。

曜は自分を追い詰めた洞窟に聖良もおびき寄せ、一気に葬る気だったのか。

果南の葬儀のとき、聖良は協力を申し出ていた。善子はお世辞として真に受けていなかったが、彼女は本気だったのだ。

そんな正直な聖良までも利用した曜の冷酷さに、身震いする善子だった。

569: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/12(火) 23:32:11.09 ID:d2McLYRH
善子「そう、だったのね……」

聖良「ところで、曜さんを見ませんでしたか?彼女は別の入り口から入ったはずですが、いませんね……」

言葉に詰まる。

曜が八人を殺した犯人で、たった今、鍾乳石の下敷きになったと言えなかった。

聖良「……とにかく、ここを出ましょう。立てますか?」

善子「え?ええ……」

聖良「けがはありませんか」

善子「ないわ。ありがとう……」

ばつが悪そうな様子で答える。ついさっきまで、彼女を冷酷非道な犯人だと思い込んでいたことを後悔していた。

そうとは知らず。それは良かった、と安堵の表情を浮かべていた聖良。

さらに申し訳ない気分になった。

こうしてふたりは脱出路を探し始めた。

571: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/13(水) 08:20:20.46 ID:Cgvsz8Ba
とりあえずふたりで来た道へ戻ってみようと、懐中電灯で洞窟を照らしてみたが。

崩落した岩石でぴったりふさがっていた。到底、手で掘れるような状態でもない。

聖良「ふさがってしまっていますね」

善子「……最悪ね。閉じ込められたじゃない」

聖良「いえ、そうでもないですよ」

見てください、と上を指さす。それにつられて善子も見上げた。

そこには、天井が崩落して出来上がった小さな洞穴があり、そこから外の光が地面に差し込んでいた。その大きさは、ちょうど人ひとりが通れるようだった。

聖良「登れるか確かめてみます。善子さん、休んでいて大丈夫ですよ」

そういって天井の穴のほうへ歩いていく。

その背中を見送って、手持ち無沙汰になった善子は岩壁のそばに寄り、偶然見つけた大きな平たい石に腰かけた。

善子「ここを出られたら、ようやく終わるのね……」

あんな恐ろしい思いはもうたくさんだ、と、驚きと不運が連続した数週間を振り返って心を落ち着かせていたとき。

ふと、真横で散らばる黄色いものを見つけた。

善子「なにこれ……」

気になって腰を上げ、その前に立って懐中電灯を当ててみる。

それが何か分かったとき、思わず大声を出した。

善子「うわっ、これ、金じゃない……!」

そこには、光の環いっぱいに輝く黄金の延べ板が小さく積みあがっていた。

573: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/13(水) 20:43:27.09 ID:Cgvsz8Ba
善子は身をかがめ、その山から一枚拾い上げてみた。

延べ板はズシリと重く、表には三つ鱗の刻印が押されている。時がたっても色褪せないその鈍い輝きこそ、メッキ細工とは違う本物の金であることが素人目にもわかる。

この延べ板たちの正体を推測した。

善子「もしかして、これが北条家の黄金なの……?」

手首をきかせて延べ板を裏返したり、振ってみながらつぶやく。

曜から聞いた、ミュウズ様の原形となった九人が小田原城から持ち出した黄金――それが三百六十年のときを経て、ようやく姿を現した。

善子「……本当にあったんだ」

卑劣で残酷な方法で九人を殺害した村人が血眼になって探し回っても、最後まで見つからなかったものが今、善子の手に握られている。

しかも、この延べ板は小判に鋳造する前のほぼ純金の状態。きっと一枚で数十万はする代物。

自分の収入で換算すると……もはや考えるだけ無駄だ。

背中がゾクゾクし、興奮のあまりブルブルと震えてきた。

善子「この一枚で、イタリアに旅行できそう……」

手に持ったものをうっとり眺めていると、目の前で延べ板が数枚、上から降ってきた。

善子が見上げると、そこには。

574: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/13(水) 21:25:47.66 ID:Cgvsz8Ba
善子の頭上およそ一メートルほど上に、船のへさきのように丸く前に突き出た奇妙な形の石筍があった。さっきの崩落の影響で崩れたのか、先端がもぎ取られるようになくなっている。

その割れた部分から、黄金の延べ板の一部がちらりと飛び出していた。

懐中電灯の光をあててみる。

岩の中は空洞になっていて、その中で木製の箱を見つけた。その箱は長い年月で風化しており、半分が崩れて中身が漏れ出ていた。

その中身こそ、足元に落ちている延べ板たちだ。

善子「きっと、隠したときはあの岩まで湖だったのかもね」

こう想像してみた。

ミュウズの九人は、黄金の延べ板を詰め込んだ箱を地底湖だった白衣観音に運び込んだ。洞窟の奥深くで足場も危険な道筋にある湖のほとりに隠せば、きっと誰にも見つからないと思ったのだろう。

そして彼女たちは全員殺された。黄金のありかを吐かせようという理性さえなくなった、報奨金と独占欲にまみれた村人たちによって。

こうして誰も知らぬまま、祟り伝説によって禁足地となったこの場所で、三百年かけて石灰成分を含んだ水や地殻変動にさらされて埋もれてしまったのだ、と。

576: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/13(水) 22:18:56.02 ID:Cgvsz8Ba
――そして水位低下によって頭上に置かれたまま誰の目に触れず、こうして隠されたのである。

こう黄金に思いをはせていた善子だったが、ハッと我に返った。さっそく、助けてもらった同行者のもとへ駆け寄る。

善子「ねえ、ちょっと来て!」

天井の穴を調べていた聖良の足元に立った。

聖良「なんとか出られそうですね……善子さん、どうしました?」

大変興奮した様子の善子を見て、少し戸惑い気味な表情で見下ろす。

聖良「なにか良い収穫でも――」

善子「――あったわ、とにかく来て!」

下りてきた聖良にあの黄金を見せた。すると、彼女は目を見開いて大変驚いたあと。

聖良「……こんなところにあったのですか……」

と、意味深なつぶやきを残す。それに気付いた善子が聖良に目を向けた。

……なるほど、前から抱いていた聖良への疑惑と謎がこれでわかったわ。

村人の目を忍んで真夜中にツルハシ片手に鬼の口にいたこと、洞窟の中を探索した経験があるというさっきの発言が、ある答えを善子に導かせる。

善子「ねえ……もしかして夜出歩いていた噂があったのは、この黄金を探し回っていたからなの?」

聖良「……はい」

その問いに、聖良は少し顔を赤らめて恥ずかしそうにうなずいた。

聖良「妹の……理亞のためだったんです……」

そして、善子にその訳を話し始めた。

578: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/14(木) 22:30:41.98 ID:yJQ0D5Zo
聖良「私たち姉妹は両親を早くに亡くし、新天地を求めて函館から樺太へ移り住んだのです」

聖良「そこで白玉団子の店をやっていたのですが……終戦ですべて失って、本土に帰ってきました」

聖良「……このままでは乞食かパンパンで生きる道しかありませんでした。そこで私は、まだ未成年だった理亞を函館の親戚に預けて、生活を立て直したら必ず迎えにくると約束したのです」

聖良「そして親戚の黒澤本家を頼り、支援のもと再起を図ろうとしたのですが――」

善子「――待っていたのは、生かさず殺さずの飼い殺しだったのね」

聖良「ええ、ほとんど農作業をばかりしてました……でも、借金をするのは嫌でしたので」

小さくうなずく聖良。負けず嫌いな彼女にとって、こんな扱いはとても辛かったはずだ。

村人からは余所者として見られ、一族からは頭ひとつ下げない厄介な居候として見られ。

まるで小作人のように畑仕事や果樹園の手伝いをしながら過ごす鬱屈とした日々のなかで、きっと心の支えは妹との約束だったのだろう。善子は同情した。

聖良「幸いなことに、ルビィさんがときどき支援をしてくれました。おかげで私はやりくりしながら年に一度だけ東京で理亞に会うことができたのです」

善子「……だから外出できたのね」

聖良が東京にいた理由もこれで判明した。そもそも怪文書とは関係なかったのだ。

そして、ルビィだけが聖良を理解してプライドを傷つけないように、こっそり生活を助けていたということもわかった。

579: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/14(木) 22:32:25.73 ID:yJQ0D5Zo
伏し目がちの聖良は話を続ける。

聖良「この生活では永遠に理亞を迎えに行くことすら叶いません……。そのとき、村の財宝伝説を聞いたのです」

聖良「豊臣秀吉に略奪されなかった北条家の黄金――時価数百万の金を落ち武者が隠した、と」

聖良「……自分でも馬鹿げているとは思っていました。ですが、溺れる者は藁をも……です。今の生活から抜け出せる唯一の手段だと言い聞かせて、探すことにしました」

聖良「きっと洞窟とその周囲に金が隠されていると思って、ずっと真夜中に探し回っていたのです」

聖良「なかなか見つからず諦めかけていましたが、本当にあったのですね……」

足元に転がる延べ板を拾い上げ、じっくりと眺めていた。

善子「とりあえず、地上に戻ってからあとで取りに行かない?黄金と心中なんてごめんよ」

聖良「そうですね。でしたら……」

このあとに続く提案を受け入れた善子は、一緒に脇にあった大きめの岩石たちを被せていった。

聖良「……これでいいでしょう。他の誰にも見つからないように」

善子と顔を見合わせ、うなずき合う。

善子「さ、行きましょう」

そして、ふたりは天井に空いた穴へ続く岩をよじ登って脱出を図った。

580: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/14(木) 22:34:31.99 ID:yJQ0D5Zo
先に体力のある聖良が地上へ出た。途中、大きな尻が引っかかって慌てた様子で足をばたつかせていたが、善子に押し出してもらった。

聖良「さあ、善子さん……」

彼女の手を借りて、ようやく善子は暗く淀んだ空気の地底世界から脱出する。

――外の光がまぶしい。思わず両手で顔を覆い、目が慣れるまで時間を要した。

やっと目が慣れて、手を下ろす。いま立っている場所はどこか、見回してみる。

時刻はすっかり夕暮れどきで、あたりは山吹色の夕焼けに包まれていた。

善子「……ここは、神社?なんか小屋と九つの石があるわね?」

この場所がどこかわかった途端、ギョッと目を丸くした。

山頂近くの平たい草原に、小さな祠と九つの石柱が建っていた。祠のほうは最近、建て替えたのか真新しい見た目である。

一方、九つの石柱たちは建立してかなり時間が経っていて、だいぶ風化していた。その手前には香炉があって、祭祀が行れている痕跡もあった。

さらに奥で九つの鳥居と、山のふもとへ下りられる石段も見つけた。

善子「もしかして、ここってミュウズの祠……?」

聖良「そのようですね。祠の横にある大きな岩の隙間から出たみたいです」

指をさした方向を目で追うと、人ひとりが通れる割れ目から出てきたことがわかった。

581: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/14(木) 22:40:23.72 ID:yJQ0D5Zo
ミュウズの祠と九つの石柱、もとい墓標の真下に白衣観音があったのね……。

洞窟の最奥がこの真下で、黒澤家の直系を含めた八人を殺した曜を襲った落盤や、誰にも見つからなかった黄金を発見したことは――はたして偶然なのだろうか。

そう思ったその瞬間、夕暮れの山から吹き込んだ冷たい風が善子の背中をなでた。

善子「……ひっ!」

汗ばんだ背中がゾクッと凍えた。真正面にある九つの墓標から、誰かに見られているかのような視線を感じた。

善子「考えない方がいいわね……」

思わず目をそらす。

そこに聖良が歩み寄ってきた。

聖良「ふもとまで歩けますか?歩けないなら助けを呼びますが……」

善子「……ありがとう。大丈夫、歩けるわ」

従姉妹の気遣いに礼を述べ、善子は聖良と共に石段へ向かう。

石段を下りて、ふもとまで続く山道を歩いていたとき、巡回中の警官たちに遭遇し、保護された。

出会ったのが村人ではなかったことに安堵した善子は、緊張状態を解いた勢いと、疲労の蓄積による身体の限界が同時にきて、その場に倒れ込んでしまった。

驚いて心配する聖良に抱かれながら、善子の意識は飛んだ。

――こうして、長い一日は終わりを告げた。

587: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/15(金) 08:00:02.07 ID:bA00zpkS
善子が気づいたとき、診療所のベッドの上にいた。疲れと淀んだ空間に長くいたせいか、倒れた日から高熱を出して三日三晩、寝込んでいたそうだ。

小原診療所に担ぎ込まれたあと、隣村の疎開医の西木野がやってきて治療を施してくれたらしい。

やたらツンケンした態度だったが、腕は確かで献身的な女医だった。

意識を取り戻したあと、話を聞くと。

善子が寝込んでいた間に、九つ墓村の事件はだいたい解決したらしい。

暴徒たちは鎮静化し、美渡は志満にこっぴどく叱られたそうだ。その様子は般若が現れたと、村人は恐れたとのことだった。

ルビィの葬儀はすでに終わっていた。従姉妹の聖良が仕切ってくれたらしい。

――こうして、村は平穏を取り戻した。

善子「なんだかあっという間に終わってしまったわね……」

上体を起こして、窓の外に目をやって独り言をつぶやいていると。

扉のノックがしたあとに、海未が顔を出した。

海未「調子はいかがです?」

善子「だいぶ良くなったわ、明日の朝には退院していいんだって」

元気よく答えると海未はそうですか良かった、良かった、と笑顔でいった。

588: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/15(金) 08:00:55.31 ID:bA00zpkS
和やかな空気だったが、それを破ってまで一番知りたいことを海未に尋ねた。

善子「ねえ、海未」

海未「なんでしょう?」

善子「本当に、曜が犯人だったのよね……」

海未「……はい。彼女が犯人です」

海未「あるときから、曜ではないかと思っていたのですが……対峙する直前で、彼女の動きが早すぎて後手にまわってしまい――」

海未「――あなたや聖良を危険にさらしてしまいました」

申し訳ありませんでした、と海未は深く頭を下げて謝罪した。

気に病まないで、と善子は気遣う。海未のおかげで救われた場面が多く、むしろ責めるどころか感謝の気持ちが大きかったからだ。

しばらくお互い沈黙したあと、恐る恐る善子が口を開いた。

善子「どうして、どうして曜はあんな恐ろしいことを……?」

海未「そのことについてですが、みなさんと集まって事件の総括をしたいと思っています」

海未「良かったら、離れを貸していただけませんか?」

その提案をふたつ返事で快諾した。

590: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/15(金) 21:20:35.49 ID:bA00zpkS
ああ、そういえば、と海未が思い出したようにいう。

海未「……これ、離れから見つかりました」

懐から紙束を取り出して、手渡す。受け取った善子が見てみると、誰かが書いた手紙の束と小さな封筒一枚があった。

善子「手紙……?いったいどこで?」

海未「――離れの杉框です。あなたの言った通り、調べると床の間に細工が施されていました。取り外すと空洞になっていて、この読み終わった手紙の束が出たのです」

善子「ちょっと待って……!」

善子「いつ海未にそのことを言ったの?」

これは自分に託したルビィの遺言のはず。本当の父親の正体を明かす、大事な手掛かりをなぜ海未が知っているのか。

無意識に怪訝そうな顔で善子が見ていることに気づいた海未は、苦笑すると頭に手をやって。

海未「あなたがここで高熱にうなされている間、うわごとのように発していたのです――離れの杉框、と」

善子「んなっ……」

思わず顔を赤らめた。

593: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/15(金) 22:57:44.30 ID:bA00zpkS
海未「どうやらこの手紙、あなたのお母様が書かれたもののようです。郵送はせず、直接相手に渡して読んでもらったみたいですね」

海未「内容はその……」

また頭に手をやって口ごもったが、意を決して顔をあげると。

海未「恋文、でした……」

善子「……読んだの?」

海未「ええ、もちろんです。一連の事件を解明するために」

善子「本当かしら……」

いぶかしげな目つきで海未をみると、ぷいと顔を反らした。

善子は病室のベッドの真っ白なシーツの上に、母の手紙を広げて整理する。そして、手に取って読んでみた。

亡き母の想いが文字に込められたもの、期待に胸を躍らせる。

善子「……」

だが、内容は美しいペン字とは裏腹に、当時の母の不幸と悲痛な思いが詰まっていた。

594: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 15:45:15.12 ID:gWvrGr4I
その中でも。

――拉致され、激しく殴打されたあと辱しめられた。

とか、

――裸にされ、一晩中ねっとりと愛撫された。嫌がると、髪を掴んで引きずり回される。

母が涙を落としながら書いていると思うといたたまれなくなり、さらに。

――可愛がるといい、砂糖水をかけられたあと体中を舐めまわされ、気味が悪い。

――ミカンを乳房に挟ませ、貪り食う。おぞましい。

とても風変わりで変質な愛情を輝石は母に注いでいたこともわかった。

拉致された当初の手紙たちはとても読めたものではなく、善子はその気色悪い愛情表現と激しい暴力を想像して吐きそうになるのをこらえていた。

しかし、ある手紙にこうつづられているのを発見した。

――思い起こすは、観音様のほとりにて熱き情を交わしたときのこと。

――暗い洞穴にて声を掛けあって、捜す楽しみ。そんな戯れをまたやりたい。

――貴方と私をつなげてくれる善知鳥。この一文字を賜って、名付ける所存にて。

少女のような母の熱い恋心を、この文字から感じ取った。

きっと相手は心から愛している男性で、村の洞窟で逢引を繰り返し、白衣観音で体を重ね合い、契りを結んだのだろう。

善子「これって……」

視線を手紙から海未に移す。すると海未はゆっくりうなずく。

海未「あなたは、黒澤輝石の子ではありません――この手紙が証拠です」

静かにしっかり断言した。

595: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 15:47:54.65 ID:gWvrGr4I
海未「そしてこれです。きっと横暴な黒澤輝石になぶられてもお母様が発狂せず耐えられたのは、この方と淡い思い出があったからでしょう」

指で小さな封筒を指し示す。善子がそれを手に取って、開けてみると一枚の写真が入っていた。

写っているのはひとりの人物で、男性だった。

きれいに整った七三分けの髪型、つり目で鼻筋の通った凛々しい顔立ち。二十代後半くらいの年齢。

写真を裏返すと、小学校にて――先生と署名があった。

善子「このひと……学校の先生なの?」

海未「はい。調べると、お母様と同じ学校の先生でした。そして――」

海未「――むつの家を調べて、アルバムから見つけました。この写真を見てください」

懐から取り出して、善子の前に見せた。

善子「これって、鬼の口……?」

海未「そのようです」

海未「横浜からここに赴任してきた彼は、むつと同じ地質学が専攻だったそうです。教員になったばかりのお母様も誘って実地調査をしていたみたいですね」

見せた写真は、鬼の口の前で撮った三人の集合写真。

さっきの男性を中心に母と若いむつが笑顔で並んでいる。三人とも探検隊のような帽子を被り、動きやすい服装を着ていた。

善子「この人が……母の恋人……」

ふたつの写真を交互に見比べていた。

600: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 20:24:18.38 ID:gWvrGr4I
写真を見つめたまま動かない善子に、海未が続ける。

海未「寺の住職からすべて聞きました。おかげで私もふたりの関係を知ることができたのです」

海未「お寺にはお母様とその方がよく訪ねてきて、この村にある洞窟の古地図を写しに来たそうです。とても仲睦まじい様子だった、と住職がおっしゃっていましたよ」

善子「じゃあ、あれは……」

ベッドの横にあるキャビネットの上に置かれていた、肌身離さず持っていた御守り袋に目をやる。

大事にするように自分にいっていた意味が今わかった。

――その人との思い出の形見、だから。

そして、むつが言っていた自分以外に住職が知っている事実――母の恋人のことだったのだ。

母が遺した謎がどんどん解けていく。

海未が口を開いた。

海未「御守り袋にあった地図、寺にあったものと同じでした」

善子「そう、だったのね……」

視線を膝元に置かれている手紙に移す。これでわかったことは。

602: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 20:39:55.40 ID:gWvrGr4I
母は黒澤輝石に拉致される前から、その男性と恋仲だった。そのとき母には、すでに新しい命がお腹に宿っていたのだ。

最奥の白衣観音にあった毛布や蝋の燃えカスがその証拠。

拉致されたあとも、上屋の離れを抜け出して納戸の抜け穴をつかって逃げ出し、洞窟で何度も逢引を重ねていた。

それが、輝石の子でないという噂の出所となり、怒った輝石が自分の背中に傷をつけ、母に逃げられて。

――三十六人殺しの惨劇が始まった。

これでようやく自分の出生にまつわる謎が解け、事実を知ることができた。

決して祟りや呪いでもない、全ては愛に狂った者が引き起こした事件だったのである。

善子「本当に……本当に、私は黒澤の子じゃなかったのね……」

海未「そうです」

善子「そっかぁ……」

狂暴な恐ろしい血が流れていないということに安心すると同時に、母はどれだけ辛かったろうか……そう思うと熱いものがこみ上げてくる。

心から愛した男性との間に宿った生命――つまり自分を守るために輝石の狂気じみた愛に耐えて、母は必死に正気を保っていたのだ。

そして、無事に産んでくれた。自分のために命がけで村を脱出し、理解ある義父と出会い、慎ましい生活ながらも東京で育ててくれた。

ぼんやりとだが脳裏に幼い自分を抱く母の笑顔や温もりが、一気に思い起こされてくる。

善子「お母さん……」

震える声でつぶやいた。

603: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 20:45:19.59 ID:gWvrGr4I
海未「きっと、むつはあなたに伝えたかった」

海未「花丸や村人のひどい風評や中傷に傷つく善子を見ていられなかったのです。三十六人殺しの狂暴な血を決して引いてない――という今まで胸の中に隠していた事実を」

海未「それは、芯の強いお母様が心から愛し、恋焦がれたその人との子である、と」

善子「……」

沈黙する善子を気にせず淡々と調べた事実を伝える。

海未「もうひとつ、最後に残された謎――」

海未「――ウトウヤスタカ」

善子「それ……!」

ハッと顔をあげて海未を見つめた。形見の地図でも、白衣観音にもなかったもの。

写真の裏にあった本当の父の名前でもなかった、人名のような謎めいた単語。

でも、母は忘れないでといって遺したものだった。賢くない自分にはさっぱり分からない。

善子「いったい、なんなの?誰なの?」

勢いよく身を乗り出し、食い気味に尋ねる。驚いた海未は落ち着くよう促した。

海未「結構、時間がかかりました……いやあ、ヒトの先入観というものは恐ろしいものですね……」

海未「――これは、合言葉だったんですよ」

606: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 22:44:53.24 ID:gWvrGr4I
>>603
すみません、謎の言葉が間違ってしまいました。
訂正のレスを投稿いたします。


海未「きっと、むつはあなたに伝えたかった」

海未「花丸や村人のひどい風評や中傷に傷つく善子を見ていられなかったのです。三十六人殺しの狂暴な血を決して引いてない――という今まで胸の中に隠していた事実を」

海未「それは、芯の強いお母様が心から愛し、恋焦がれたその人との子である、と」

善子「……」

沈黙する善子を気にせず淡々と調べた事実を伝える。

海未「もうひとつ、最後に残された謎――」

海未「――ウトウヤスカタ」

善子「それ……!」

ハッと顔をあげて海未を見つめた。形見の地図でも、白衣観音にもなかったもの。

写真の裏にあった本当の父の名前でもなかった、人名のような謎めいた単語。

でも、母は忘れないでといって遺したものだった。賢くない自分にはさっぱり分からない。

善子「いったい、なんなの?誰なの?」

勢いよく身を乗り出し、食い気味に尋ねる。驚いた海未は落ち着くよう促した。

海未「結構、時間がかかりました……いやあ、ヒトの先入観というものは恐ろしいものですね……」

海未「――これは、合言葉だったんですよ」

607: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 22:47:22.45 ID:gWvrGr4I
善子「合言葉?あの、山といえば川の……?」

海未「そうです。これは、ある鳥の親子同士の鳴き声からとった合言葉なのです」

海未「この鳥はウトウといって、東北の海辺に住む鳥のことでして……」

海未「かの有名な歌人、藤原定家も歌で詠んでいるんです――」

海未「――みちのくの外ヶ浜なる、呼子鳥、鳴くなる声はうとうやすかた」

ちなみにウトウを漢字で書くと、といって手帳を取り出し、ペンを走らせる。

そして、善子に見せた。

海未「――善知鳥、と書きます。これ、お母様の手紙にありますよね?」

善子「ええ、あったわ」

海未「この善知鳥。親鳥がウトウと鳴いて呼び出し、子供がヤスカタと鳴いて応え、巣から出てくるという伝説が残っているんです」

海未「こうしてお互い声を掛け合い、親子が出会うらしいのです。ただ、あくまでも伝説のなかの鳴き声なので本物は存じませんが……」

海未「とにかく、これをお母様と相手の男性は密会の合言葉に使った。暗く広い洞窟で位置を知る手段としても活用するために」

海未「また、輝石の屋敷を抜け出し、脱出が成功した知らせも兼ねていたでしょう。深い闇の中、僅かな明かりを頼りにお互いに声を掛け合い、出会いを果たす――」

海未「――なんとも劇的で、ロマンチックですね。悲恋のなかの美しさ、を感じました」

うっとりとした目でいった。

608: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/16(土) 22:50:34.34 ID:gWvrGr4I
善子「もしかして……」

ハッと気づき、再び膝元の手紙に目をやる。

――貴方と私をつなげてくれる善知鳥。この一文字を賜って、名付ける所存にて。

この一文に注目した。

善子「……私の名前……ここからとったんだ……」

ぽつりとつぶやく。そして、母へ思いをはせる。

――どんな不幸や困難のなかでも、愛し合ったふたりにできた尊い子。どんなときも想いは繋がりつづけ、この子の未来が善いことに恵まれますように。

亡き母の無限の慈愛を文字から感じ取り、ついに感情があふれた。

ポタポタと目から落ちた熱い涙が手紙を濡らしていく。

善子「ううっ……お母さん、お母さん……!」

嗚咽を漏らしながら手紙たちをかき集め、胸元で強く抱きしめる。

海未「……」

探偵は黙って小さく会釈をすると、さめざめと泣く善子を置いて静かに病室を去っていった。

611: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/17(日) 20:40:26.43 ID:pLKtOmRB
上屋の離れにて、事件の真相を語る会合が開かれたのは、ルビィの初七日法要を終えた翌日の夜だった。

参加者は海未をはじめとして、絵里、聖良、海未に呼ばれて東京からきた花陽、そして快復した善子の五名。

座敷では心ばかりの酒と料理が振る舞われ、善子にとって村に来て初めて経験した終始和やかな雰囲気の会合だった。

しばらく歓談したあと絵里に促され、海未が口を開いた。

海未「今度の事件は、大変難解かつ手こずった事件でした」

海未「あえて皆さんに告白しますが、私にとって良いところが一切なかった。犯人は機転に優れ、大変な行動力を持った人物で一枚上手のやり手。とくに動機を隠すことに優れていました」

海未「今思えば、私がいなくても事件は自然に終息し、犯人も自然と報いを受けていたことでしょうね……」

一同は黙って聞いていた。静かにただジッと海未を見ている。

海未「――まず、最初から事件をおさらいしていきます」

海未「すべては、ミュウズの祠に落雷があったことが発端でした」

612: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/17(日) 20:42:00.86 ID:pLKtOmRB
海未「この落雷を目撃した花丸は、ミュウズの祟りが起きると村中で吹聴してまわりました。もちろん、これはただの妄言です……が、ある人物は違った」

海未「小原鞠莉です。彼女は黒澤家から県議会議員選挙の資金協力を拒まれ、本家を恨んでいました」

海未「そこで花丸の妄言からヒントを得て、ミュウズの祟りを利用した本家の人間を殺害していく計画を立てて、手帳に書き込んだのです。わざと無関係な分家の人間もリストに入れた、あの殺人計画メモはこうして生まれました――」

海未「――もちろん、これはただの憂さ晴らしで、落書きのつもりだった。わざと自分の名前を入れるおふざけもあって、実行する気は鞠莉には毛頭ありませんでした」

海未「しかし……そのくだらない、机上の空論を見てしまった人物がいました――渡辺曜です。診療所を訪ねたとき、鞠莉は診察中で手が離せず、家の中で待っているときに偶然にも、曜は手帳を目にしてしまった……」

海未「例のメモを見て、きっと驚いたことでしょう。なぜなら、自分の父親も入っているから。曜は鞠莉と違って機転が利き、行動力があります。瞬時に内容を理解し、この計画は使えると判断して早速、鞠莉の手帳からこのページを破り取ったのです」

海未「そして、書かれたメモと祟り伝説を利用した殺人を行いました」

613: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/17(日) 20:44:33.64 ID:pLKtOmRB
海未「まず最初の事件です。曜は桜内梨子と個人的に親しく、梨子は女遊びをする前に精力剤を服用することを知っていた。死因となった毒は鞠莉の診療所で混入されたもので、曜は鞠莉の診療所や直結する家屋に客としてよく出入りしていたため、毒を入れる機会はいつでもありました」

海未「さらに鞠莉は薬を一か月ごとに作り置きしていましたから、処方薬に毒を混ぜることができた。田舎で無施錠、管理も甘い薬剤室です……混入は簡単だったでしょう」

海未「第二のダイヤの事件も同じ方法です。偶然にもふたりは善子の前で中毒死したことで、疑惑の目が善子と鞠莉に向けられ、犯人は影に隠れることができました」

海未「このふたつの事件、かなり難解でした……通常、連続殺人において一貫した動機を考えるのは当然です。ふたりに共通しているのは、同じ黒澤家と関わりを持っているという点。しかし、梨子は今年東京から沼津に移住したばかりの新参者です。かたやダイヤは長年、九つ墓村を牛耳る旧家の当主――労使の関係以外、目立った接点がない」

海未「しかも、多くの薬のなかにひとつだけの毒を入れることで、一か月のうちにいつ死んでも構わない状況をつくり、犯人の特定を難しくさせました」

海未「犯人にとって、ダイヤが先でも梨子が先でもどっちでもいい状況をつくり――正気じゃない無差別毒殺犯の影をちらつかせた」

海未「しかし、私の中に疑念がありました。犯人はあまりにも鮮やかで巧妙すぎていて、衝動的な気違いの犯行とは到底思えない、と。そう考えていた私へ、犯人がたたみかけるように起こした――」

海未「――第三の事件によって、大きく判断を狂わせられたのです」

618: 名無しで叶える物語(泡盛) 2023/09/18(月) 10:49:20.73 ID:XOXwu/Y8
海未「犯人はダイヤの初七日で人の出入りが激しい台所に難なく入り込み、会席膳の手伝いを行った。もともと器用な彼女です、ルビィや女中たちは作業を彼女に任せて他のほうに集中していました」

海未「そこで生じた死角を最大限に利用し、善子とルビィが運ぶ、ふたつの会席膳のうちひとつに毒を入れたのです」

海未「狂人が起こした無差別殺人であることを私や警察に強く見せつけるため――標的を決めず誰でも良い無意味な殺人をひとつ起こした」

海未「そしてルビィの頼みで善子を呼びに行き、偶然にも玄関でむつと遭遇。そこで例の計画メモをから第四の殺人の標的と決めたのでしょう」

海未「会席膳をあとで届けさせると、善子を使ってそのように仕向け、作り置きを用意させて善子と別れ、広間のほうへ向かった――」

海未「――そのとき、少し驚く展開があったのです」

そこで言葉を切った。それを見計らい、絵里がコップにビールを注いでやって、海未に話しかけた。

絵里「十千万旅館の女将の高海志満の代理として、高海千歌が参列していたのね?」

海未「んくっ……そうです、そうです。彼女はいくらか動揺したでしょう……善子かルビィのいずれかが運んでくる毒入り会席膳が千歌にいきわたる危険がありましたから」

一気に飲み干したあと、そういった。

海未「して、結果は――善子が会席膳を千歌の前に置きました。恐らく、犯人は激しく葛藤して苦しんだでしょう、毒を入れたのは黒澤家名物ミカンのシロップ漬けでしたから」

海未「千歌はこれ目当てに志満の代理になることを頼み込んだらしく、彼女に対して毒が入っているかもしれないから食べるなとは決して言えなかった。言ってしまうと、一連の事件の犯人だと自ら白状するのと同じです」

海未「もしかしたら毒はルビィが運んだ膳かもしれない……きっとは平静を装いながら悶え苦しんだことでしょう」

海未「しかし、曜は恐ろしい殺人を止める最後の機会を捨てました」

623: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/19(火) 22:52:08.29 ID:aFaD9W6E
海未「ついに、お酌をしに来た善子の前で千歌は毒で苦しみ出した。そのとき、聖良が水を持ってくるといい、広間を出ました。動揺した犯人は医者である鞠莉と共に千歌に駆け寄り、介抱をします。常に鞠莉のそばにいるように心がけつつ……」

海未「医者である鞠莉は、とっさに一番近い曜に医療器具が入ったカバンを持ってくるように言いました。すぐに必死な様子で広間を飛び出した彼女は、カバンを取る前に誰もいない台所へ走って向かい、むつに届ける会席膳に毒を入れた――」

海未「――これで第四の殺人の仕掛けは完了です」

海未「すぐさま台所を出るとカバンを取って、広間に戻ります。そして千歌の臨終を見届けたあと、ひどく泣き崩れました――これは決して演技ではありません。自らが引き起こした罪を心から悔い、もはや後戻りできないと腹をくくった瞬間でした」


海未「今思えば……彼女は、幼馴染を亡くして悲しみにくれる自分と、第四の殺人のために絶好の機会をうかがう冷酷な殺人犯を無意識に切り替えられる才能の持ち主でした」

海未「すっかり騙されました。とても恐ろしい才能ですよ……」

その場にいた全員から唸り声がもれた。

625: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/19(火) 22:59:32.11 ID:aFaD9W6E
海未「……実をいうと、私は前から曜を犯人ではないかと疑っていたのです」

ぽつりと海未が皆にいう。一気に驚愕の視線を浴びた。

海未「彼女は黒澤家顧問弁護士の梨子と個人的に親しく、黒澤家当主のダイヤとは分家の間柄、被害者二名と繋がりがありましたから。そして同じ処方薬をつくる鞠莉の診療所に客として入って、いつでも毒を入れる機会を持っていたこともすでに知っていました」

海未「ですが、そこが難しいところです。機会があったから、で曜を警察へ告発することはできません。なぜなら、人間は機会だけで人間を殺せるものではない。そこには必ず動機です」

海未「では、曜にどのような動機が考えられるか?梨子やダイヤを殺害しても曜自身に何の得にもならないのに。しかし、事件を解明した今では、ダイヤの殺害に大きな意味があったのですが、このときは分かりませんでした」

海未「――ダイヤが殺されただけでは、分からなかったのです」

すると、ブンブンと首を振って。

海未「いえ、間違っていました……あのとき、もしダイヤのみが殺害されていたら、犯人の計画の第一歩を見抜くことができたかもしれませんでした」

海未「しかし、先に殺されたのは梨子です。一貫した動機を考えると、黒澤家に関わりを持つものを恨む人物の犯行と思っていたときに、偶発的に無関係な十千万の千歌が同じ毒で殺された」

海未「……黒澤家顧問弁護士の梨子、黒澤家当主のダイヤ、十千万旅館女中の千歌。これが同一犯だとすると、通り魔的な気違いの犯行としか思えず、何が何だかわからない、ぷわぷわーお、な状態になってしまったのです」

海未「千歌からむつに続くにしたがって、それはさらに強調されました」

628: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/19(火) 23:04:55.36 ID:aFaD9W6E
海未「このように動機を巧妙に隠して行う殺人は、最後のひとりが殺されるまで全容がわからないということに難しさがあったのです」

海未「――動機無き殺人。この影に隠れて、犯人は自由に動くことができました」 

海未「ですから、あのとき――むつが殺されたとき、彼女のそばに例の紙片が落ちていなければ、犯人の動機隠しは完璧だったでしょう」

海未「あのとき、むつのそばに紙片を置いたことで、動機隠しに才能がある曜は初めてミスを犯したのです」

海未「――それも二重の意味で」

海未「……では、その第四の事件をおさらいすることにしましょう」

ひとつ咳払いをして、話を続けた。

633: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/20(水) 22:55:44.95 ID:wM/QJTdr
海未「法要の翌日、むつから話があると招かれた善子は下屋の裏を通って、海沿いの家に向かいました。そのとき遭遇した花丸と口論となり、村人に囲まれているときに、助ける体を装って曜が善子の前に現れました。その理由は――」

海未「――むつの家に行って、例の紙片を置くためです。千歌の死で紙片との因果関係が強くなったため、これを活用しようと考えたのでしょう」

海未「このときすでに、むつは昨日の騒ぎに紛れて、曜が会席膳に入れた毒によって死んでいます。本来なら、むつの家に近づく必要はなかったのですが、例の紙片で現場を混乱させるため、わざわざ持っていく必要があった」

海未「とても賢い犯人です。すでに殺人が起きている家へ、夜中に置きに行くというような真似はしません。一番良い時期を見計らっていました」

海未「――それは善子とふたりでむつの家を訪ね、善子が死体を発見するときだったのです」

海未「発見者の悲鳴を聞き、駆け付けた曜は、善子に駐在に行って警官を呼ぶように言いました。急いで善子が家を飛び出したあと、曜は素早く死体のそばに紙片を置いたのです」

海未「きっと善子はこの紙片の有無に気づく暇がなかったでしょう。二日連続で死体を見て激しく動揺していましたらね」

海未「しかし、これこそ犯人が起こしたミスのひとつなのです」

詳しく話しましょう、と皆の前で解説した。

634: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/20(水) 22:57:50.66 ID:wM/QJTdr
海未「この紙片を見たとき、私はこう思いました――」

海未「――犯人が初めて動機らしい動機をみせてくれた、と」

海未「今まで動機無き殺人を繰り返す殺人鬼としか思えなかった犯人像が、この紙で明確な姿を現してきたからです」

海未「ミュウズの祠に落雷が起きた事から、何らかの予言を受けた何者かが、厄災を鎮めるためにミュウズ様に捧げる九つの生贄として、黒澤家と関わりがある村の者をメモの通り殺害していく――狂的な動機が見えてきました」

海未「これはいかにも九つ墓村で起こっている連続殺人事件らしい動機です。二十四年前には三十六人殺しの凄惨な事件が発生しており、犯人は行方不明。村人は今でも祟りの再来を恐れていますからね、もっともらしいですね」

635: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/20(水) 22:59:08.55 ID:wM/QJTdr
海未「しかし、もっともらしいが非現実的すぎます。なぜなら、一連の鮮やかな手口と提示された動機が私の中でかみ合わなかったんですよ、どうにも……」

海未「こういうオカルトじみた狂の犯罪というのは、だいたい衝動的で激しい感情に身を任せた場当たり的なものです。今度の事件のような、影に隠れて巧妙に粛々と人を殺していく事件というのは稀です」

海未「ともあれ、今まで影に隠れていた犯人が紙片で動機を示した。しかし、同時に私のなかである疑問が大きくなってきたのです」

海未「ひょっとして、本当の動機を隠すために今、この場で示しておきたかったのでは……と。こう考えてくると、いろいろ見えてきたのですよ」

海未「――動機なき殺人どころか、才能と頭脳に恵まれた犯人が起こした高度な計画的犯行だと」

海未「つまり犯人は見せなくても良いものを見せてしまいました、これがひとつのミスです」

海未「もうひとつは――」


善子「――ちょっといい?」


話をさえぎることを申し訳ないと思いつつ、気になった善子が尋ねた。

636: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/20(水) 23:00:37.14 ID:wM/QJTdr
皆の注目を浴びる善子。

海未「はい、なんでしょう?」

善子「あの鞠莉が書いたメモ、十千万の女将と書かれていたんだけど……」

善子「もしも私が、毒入り会席膳を千歌に置かないでメモ以外の人物に置いたとき、曜はあのメモで動機を示すことが出来なくならない?」

その質問に同意したのか、隣の聖良も小さくうなずく。海未も深くうなずき、そして答えた。

海未「確かにその場合も考えられますね。そのときはきっと、虫食いのように十千万の項目を破り取ったでしょう。その代わり、むつの項目を残して赤線を引いたはずです」

海未「犯人は臨機応変に対応することに大変優れています、こういう細工をすぐ施したでしょう」

海未「その根拠は、紙片をそのまま置かずに、下のむつと鞠莉の項目を破り取ったことです。私や絵里に標的を想像させ、より強く紙片の存在を印象付けるためにやりました」

海未「むつの項目がないが、殺されているということは……破り取った紙片に確実に名前があるということに、考えが誘導されます」

海未「なので、もし仮に第三の犠牲者が鞠莉が書いていない人物だとしても、私たちはそこにあるだろう、と確信するでしょう」

海未「そこまで読んでいたんですよ、彼女は。自らの犯罪計画で幼馴染を亡くし、人の心を失いつつも計画遂行のために己の心血全てを捧げていますからね」

皆からうなり声がもれた。なんて末恐ろしい才能なのか、生まれた時代が違えばきっと別のほうで大きく輝けたろう、と善子は少し哀れんだ。

639: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/21(木) 08:14:06.55 ID:j+iLZxgF
海未「では、話を続けます」

質問の答えに、皆が納得したのを確認した海未は話を再開した。

海未「もうひとつのミスは、大食いの尼の侵入に気付かなかったことです」

海未「犯人は紙片を置く時期が今が一番良いと思って、即座に実行しました。しかし、その直前に大食いの尼が食料を盗むため、家に入り込んでいたのです。むつの死体のまわりを歩き回った足跡を見落としたのは大きなミスでした」

海未「我々を呼んだあと、駐在から大食いの尼の存在を知ったとき、曜はかなり驚いたでしょうね」

海未「もし、大食いの尼が、死体のまわりにそんな紙切れなんて無かった、と証言してしまえば大変です。ただ、日ごろの素行や盗みのせいで我々が絶対に信用したかは別ですが……」

海未「して、花丸は証言しなかった。自分の予言通りに殺人を行う者を利用しようとたくらんだのかもしれません。しかし――」

海未「――犯人は違った。危険な存在は先手を打って素早く排除する、とても恐ろしいですが、最善の方法ですからね。計画遂行のため、もはや迷いは一切ありませんでした」

海未「花丸が釈放された夜。復員服に戦闘帽子を被った男装をして尼寺に忍び込むと、花丸を絞め殺したのです」

善子「じゃあ、あの影は……!」

ハッと驚いた善子はつぶやき、ルビィと一緒に尼寺の障子に映った男の影を思い出した。

641: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/21(木) 23:03:14.28 ID:j+iLZxgF
海未「どうかしましたか?」

善子「ええ――あの夜。洞窟を抜けて、尼寺と集落が見下ろせる場所で休んでいたとき、ルビィと障子に映った男の影を見たの。てっきりいつも夜に出歩く聖良がいたのかと思ってたわ」

その場にいた全員が善子のほうへ視線を向けた。

絵里「あなた……」

眉を寄せ、不機嫌になった表情でこちらを見つめる。その目つきには、なぜ早く通報しなかったのか、という非難が込められていた。

すると、仲裁するように海未が入ってきた。

海未「まあまあ、絵里もそれくらいで。たしかにそのことを知らせなかったのは、関心しませんね。とにかく、曜が男装して犯行に及んだ物的証拠も、事件後に下屋で見つかるまでわかりませんでしたから」

海未「ですが我々のほうにも落ち度があります。まさか、犯人があれほどの実行力があるとは思っていませんでしたよ」

海未「こうして曜はミスを修正するため、花丸を絞め殺すという――想定外の殺人をしなければならなくなったのです」

海未「以上が、犯人が重ねたふたつのミスです。このおかげで、私の脳内で犯人がむつの家に行った善子と曜に絞られたのです。花丸が握っていた善子のブレスレットを使った小細工も、直接善子に確認をとって犯人ではないと見破りました。そして、落としたブレスレットが善子の物であると確信できる曜を疑惑の中心に置きましたが――」

海未「――困ったことに、そこで鞠莉が一気に犯人候補になってしまったのです。あの紙片を書き残して失踪した事実が、曜よりも疑惑を大きくしてしまった」

海未「……かわいそうな鞠莉。彼女はとにかく哀れでした」

同情のこもった遠い目をした。

644: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/22(金) 18:33:40.08 ID:N5WZ06Sy
海未「鞠莉は千歌の事件あと大変、動揺したはずです。自分が編み出した単なる本家への逆恨みの、実行する気のない殺人計画を誰かが実行している……なんのためにやっているのかわからなくて恐ろしくなった」

海未「家に戻り、急いで手帳を開いたとき――ページが破り取られていたことに気づいた」

海未「きっと驚いたでしょう。こういう逆恨みの憂さ晴らしは脳内で済ませておけばよかったのに、鞠莉は手帳に書き残してしまったために」

海未「そして翌日のむつの事件で、鞠莉は絶望のドン底に落ちました。私と絵里が紙片の存在に気づき、いよいよ追い込まれます。その場ですぐ否定はしましたが、いずれ手帳の特定や筆跡鑑定で自分が書いたことが判明するでしょう。すぐに身に覚えがない連続殺人の容疑者として逮捕は秒読みです」

海未「……誰にも相談できず。今さら、あれは本家妬ましさにふざけて書いて自分を慰めてました、と弁解するなんて到底耐えられないことでしょう」

海未「結局、彼女は逃げ出した。そこを犯人に騙されて、洞窟に身を隠したあとで、提供された食事に毒を盛られ、殺されたのです」

海未「曜がどんな言葉で鞠莉を洞窟へ連れ込んだのかわかりません。おそらく……村を出るより、誰にも見られない洞窟で身を隠せば、いずれ捜査で真犯人が見つかるはずと、そそのかしたのでしょう」

海未「なにしろ、同じ分家同士、鞠莉もつい気を許したのでしょうね……」

653: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/23(土) 21:03:10.45 ID:cxoVO8Of
善子「じゃあ、曜は洞窟の中を詳しく知っていたのね?」

そこで口をはさんだ。

海未「そうでしょうね。あれほど活発な人です、財宝伝説に興味を示さないとは思いません。前から洞窟を探検していたのでしょう……軍用懐中電灯や探検用の靴が家宅捜索で見つかっていますので」

善子「だからあの場に……」

つい数日前の恐怖の追いかけっこを思い出し、身が震えた。

海未「……話を続けます。鞠莉を毒殺したあと水に沈めたのは、死体発見を遅らせるためともうひとつ。それは、すべての罪を押し付け、最後に毒をあおって池に入水したと私たちに見せつけるためだったのです」

海未「死してなお利用され続ける鞠莉……なんとかわいそうなことでしょう……」

ぽつりとつぶやいた。

海未「こうして鞠莉を始末したあと、犯人は蓮華座に向かいました。そこで偶然、死蝋化して鎧を着た輝石を参拝しに果南とよしみがやってきたのです」

海未「すぐに蓮華座によじ登って鎧の背後に隠れたあと、果南が真下でお参りを始めた。そこで標的を果南に決め、頃合いを見計らって……鎧を落としました」

海未「鎧武者が動き出して飛びかかってきたと錯覚したよしみが、恐怖のあまり洞窟を逃げ出したあと。下敷きとなって重症の果南を運び、とどめを刺すのと怪奇さを演出する目的で、蓮華座の奥にある針千本の谷に投げ落としたのです」

海未「――こうして鞠莉の影に隠れた曜は、一気に標的の殺害を計画し、仕上げに取り掛かりました」

654: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/23(土) 21:05:08.98 ID:cxoVO8Of
海未「しかし、ミュウズへの生贄は九人です。鞠莉の犯行に見せかけたい犯人は、あの紙片にいない人物を殺してしまい、また殺さなければいけません」

海未「大食いの尼こと、花丸……そして、善子、あなたです」

海未「きっと、東京で私たちと初めて会う前から、いずれ排除しなければいけないと思っていたのでしょう。奇妙な脅迫状を善子のアパートに投げ入れたのは、彼女です」

海未「そうしておいて迎えに行っているのですから、善子が疑うわけがありません。私もこのときは迷信深い田舎者の仕業だと、思っていましたよ」

善子「……!」

また身震いした。あんな親しげな様子で自分に近づきながら、内心では邪悪な殺意を秘めていたのだ。

海未「さて、私と絵里そして善子は本格的に洞窟で果南の捜索を行い、遺体を収容して池に沈んでいる鞠莉を発見しました。犯人は思ったより早く鞠莉が発見されたので、すぐに手段を切り替えました」

海未「それは――ミュウズの祟りと二十四年前の惨劇に怯えている村人を扇動することだった。ミュウズに捧げる生贄の九人から余る善子を殺させるために、です」

655: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/23(土) 21:06:22.53 ID:cxoVO8Of
海未「……彼女はうまく立ち回りました。気性が荒い村人や美渡たちの前では、善子が怪しいとは決して言わず、立ち振る舞いだけでそう思わせた」

海未「くすぶり始めた暴動の引き金は、千歌の初七日にあわせて役場や集会所に貼りだされた告発状です。これで美渡を中心に、一気に燃え上がった」

海未「思惑通り、暴徒と化した村人は上屋を襲撃。追い立てられるように善子は離れの抜け穴を通って、なんとか捕まらず脱出できました」

海未「これを知って、再び手段を変えた――誰の目にも触れない洞窟のなかで善子、聖良、ルビィを自ら始末することにしたのです」

海未「……聖良には、善子が危ないから助けてほしいと頼んで洞窟に入らせました。彼女が黄金探索のために周辺の地理を把握していたことを知っていたのです」

海未「こうして犯人は標的を洞窟に集め、自分は村はずれの入り口から入りました。あとで私が調べてみたら、とても小さなほら穴で村人たちも知らなかったと……本当によく見つけたものです」

海未「地上で私たちが事態の収拾に追われている間、地下では恐ろしい殺人が行われました……」

海未は言葉を切る。そして、うつむいている善子の顔を見たあと、意を決して口を開いたのだった。

656: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/23(土) 21:07:59.12 ID:cxoVO8Of
海未「ろくに食べていない善子を思いやったルビィは、弁当と水を持って離れの抜け穴を使い上屋を脱出。暗い洞窟のなか、声をかけて善子を探しました」

海未「声をかけながら歩いているので、犯人にはすぐ位置がわかったでしょう。待ち伏せて襲い掛かかり、背後からルビィを刺した」

海未「このとき口をふさごうと左手を顔面にやったのがまずかった――最後の力を振り絞ったルビィが左手の小指に噛みつき、食いちぎったのです」

海未「曜は痛みのあまり悲鳴をあげ、のたうち回った。計画では、このあとルビィが持ってきた弁当に毒を盛り、食べた善子を殺害するつもりでした」

海未「その筋書はこうです――村人に追い込まれた善子が、洞窟でルビィと聖良を殺害。最後に毒でした、と……」

海未「しかし、予期せぬ抵抗とまもなく駆け寄ってくる善子の存在に気づき、断念して身を隠しました。そして善子の前に救助に来た体を装って、現れたのです」

海未「あとは皆さんがお察しの通り……善子に見破られ、追跡の果てに、落盤によって落ちてきた鍾乳石の下敷きとなって死亡しました」

海未「……こうして、一連の殺人事件は終わったのです」

そういうとしばらく沈黙し、顔をあげると重苦しそうな表情で続けた。

657: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/23(土) 21:09:33.14 ID:cxoVO8Of
海未「絵里たちと共に遺体収容のため洞窟に入りましたが……曜の死に様は無残なものでした……。巨石によって顔面が潰れており、身元は指紋と血液型、ルビィが噛み千切った指との照合で確認がとれました――」

海未「――これが、才能あふれ、美しく、冷酷で、哀れな犯人の最期の姿です」

こうして合計九人の死者を出した、恐ろしい連続殺人事件の顛末を話し終えた。

真相を知った充足感と、あとに残った虚しさを抱えて皆が沈黙するなか、口を開いた者がいた――聖良である。

聖良「事件の真相はわかりました……ですが……」

聖良「……どうして、どうして曜さんは、あんな恐ろしいことをしてしまったのですか?」

聖良「まさか、本家の財産狙いだったのですか……?」

声を震わせながら最も知りたいことを尋ねる。善子たちも答えを一刻も早く知りたくて、海未に視線を注ぐ。

海未は正面を見すえ、言い放つ。

海未「はい、そうです」

ただ一言。そして座敷にどよめきが走った。

662: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/24(日) 10:00:55.99 ID:kwuhZZTz
すかさず疑問の声が飛んでくる。

聖良「待ってください。彼女には資産三億円すべての相続権がないはずですよ?」

善子「そうよ、曜にいったい何の得があるの……?」

ふたりとも体を前のめりにして、海未に問う。まったく信じられないという驚愕の色が表情に現れていた。

一方、海未は終始落ち着いた様子でいった。

海未「まあまあ、そのことについて今から話をします」

海未「まるでバラバラだった犠牲者の接点が、例の紙片を残して失踪した鞠莉から果南に移るにしたがって、ようやく私は隠された動機が見えてきたのです――上屋の一族全員を皆殺しにすることが目的だと」

海未「それ以外の事件は、全てこの動機を偽装するために行われたのです」

海未「では犯人こと、曜とこの動機を繋げてみましょう」

海未「上屋の一族全員が死んだら、曜に何の利益があるのでしょう?上屋の一族と曜、直接には彼女に利益はありません」

海未「しかし、渡辺家当主を間に挟めば、重大な意味をもたらします。黒澤家の莫大な財産を自分の父親に継がせようと、この恐ろしい計画を立てたのです」

すると一番奥で酒をつまみに山盛り白米をモリモリ食べている花陽に目をやって、皆にいった。

海未「動機につながるものは、東京にありました」

668: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:05:49.08 ID:YGYiK9I+
海未「鞠莉の遺体発見後、すぐに花陽に連絡を取って資産調査を依頼しました――対象は、渡辺家が東京で経営する海運会社です」

海未「結果は……債務超過に陥っていました」

海未「朝鮮戦争の特需で業績が伸びた結果、さらなる事業拡大を狙った過剰投資の影響が大きかったようです。さらに今年、相模湾で所有する貨物船が戦時中の残留機雷と接触。船と積荷を失う爆発事故を起こしています」

海未「事故の補償と投資につかった債務の利息返済期限が一気に来て、資金繰りが悪化。利息返済額の借り換えを銀行団に提案しましたが、拒否されてしまった……」

海未「そこで、大株主であり最大出資者の黒澤家を頼みの綱として、曜を中心に返済額の借り換えを交渉していたそうですが――」

海未「――拒否され、身売りするようにと。当主ダイヤが渡辺家へこう突き付けたそうです」

海未「こうして鞠莉のように曜もまた、本家へ恨みを募らせていきました。敬愛する父親が設立し、心血注いで大きくした海運会社を、簡単に売り渡せという血も涙もない親族に」

海未「追い詰められた曜は、そのさなかに鞠莉のふざけた殺人計画メモを見てしまった……」

669: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:07:48.09 ID:YGYiK9I+
海未「きっと、稲妻が走るようなひらめきを得たでしょう。おとぎ話だと思って見下していたミュウズの祟りが、使い勝手の良い動機として活かせるのですから」

海未「しかも、自分の父親も標的に入っていた――本家と小原、鹿角家を断絶させて最後に残った父親に相続させて、その莫大な資産を担保に会社も守ってやれる、という本当の目的をうまく隠せることに気づいたのです。こうして、曜は鞠莉の計画を乗っ取りました」

海未「突然、降って湧いた存在の善子に対しても、好意的に振る舞って疑惑の外に自分を置いて、常に誰かの影に隠れて粛々と殺人計画を進めたのです――」

海未「――いや、鞠莉がメモを書き残さなくても、追い詰められていた曜はきっと、別の方法で殺人計画を立てて実行したでしょう。実際、事件のきっかけというものは、どこに転がっているかわからないものですから」

海未「……すべては父親への愛と、彼が命がけで築き上げた会社を守るための、歪んだ親孝行だったのです……」

憐れむような目で最後に、全てをこう締めくくった。

海未「恐ろしい女です、かわいそうな娘です……そして天才的殺人鬼でした」

座敷の一同は、何だかやるせない虚しさを感じて、大きなため息を漏らす。そして、沈黙したまま思い思いに考えにふけった。

善子「……」

なんとも微妙な気持ちを抱えたまま、事件の総括を語る会合はこのままお開きとなったのである。


それから数日後。


――園田海未が村を去る日がきた。

670: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:08:46.20 ID:YGYiK9I+
この日、海未はトランクケース片手に、海沿いにある村唯一のバス停に立っていた。これから数十分後に来る、沼津行きのバスに乗るために待っている。

県警本部に戻る絵里とは前日のうちに別れの挨拶を交わし、すでに絵里は村を去っていた。

時刻は昼前で若干、汗ばむほどの陽気だが、海から吹きつける夏の薫風が心地良い。

九つ墓村はすっかり平穏を取り戻し、雑木林から蝉の声、海沿いからは白い砂浜に寄せては来る潮騒の音のみが聞こえる、どこにでもあるのどかな村になっていた。

海未「おっと……」

海風にさらわれないよう帽子をおさえつつ、トランクを置いて海を眺める。美しい水平線と蒼空、そしてうっすら奥に見える富士山はまるで絵画のような美しさだった。

この絶景を目に焼き付けていると、向こうから声がした。

善子「海未、海未!」

近くの道に停車した黒い車から、後部ドアを開けて降りた善子が見送りにやってきた。青空にとても映える白いワンピース姿だった。

善子「……もう、帰るのね?」

海未「はい。そろそろ東京に帰って、花陽に報告書を渡さないと費用を請求できなくなってしまいますからね」

海未「いつもそういうのには厳しいんです……ははは」

善子「そう、なんだ……」

名残惜しそうな様子でいう。たった数週間だったが、とても長く世話になった人のように善子は感じていた。

671: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:12:43.48 ID:YGYiK9I+
海未「善子はこれからどうするのですか?」 

善子「わたし?私は……ルビィの四十九日まで村に滞在して、そのあと東京に帰るわ」

海未「帰るんですか……?」 

善子の顔を見た。せっかく黒澤家の跡取りになったはずなのに、と驚きの表情で見ていると、その顔がおかしくて善子はふふっ、と小さく笑い。

善子「――黒澤家の相続は、辞退したわ。聖良に譲ったの」

海未「ええっ……!」 

善子「最初は断っていたけど、父の写真を見せて、ちゃんと納得してもらったわ」

善子「それに……」

海未「それに?」

海未の問いに、青空のような晴れやかな表情を見せたあと、左手首につけたブレスレットを見せて。


善子「――私は、津島善子だから」 


満面の笑みで高らかに宣言した。

海未「はははっ、そうですね、そうでした……!」

善子につられて笑った。

672: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:16:33.03 ID:YGYiK9I+
しばらく笑いあったあと、善子が口を開く。

善子「海未、本当にありがとう……」

海未「いえ、そんな……私は何も……」

善子「ううん、海未のおかげで犯人にされず、無事にこうしていられるんだもの。それに本当の父親が誰かもわかったし、感謝しかないわ」

海未「……恐縮です」

照れ隠しに帽子を脱いで、小さく頭を下げた。

善子「あっ、そうだ……これ、受け取って」

ポケットから青いハンカチにくるまれた何かを海未に手渡す。受け取ったとき、ずしりと重たい手触りに驚いた海未は、すぐ善子の顔を見上げた。

善子「はやく中を見てみてよ」

いたずらっ子のように微笑んでいるなか、ハンカチをめくってみると、中からは。

海未「これ、黄金じゃないですか……!」

出てきたのは、三つ鱗の刻印がされた黄金の延べ板が三枚あった。再び驚いて善子の顔と交互に見比べたあと、探偵は全てを察した。

海未「本当にあったのですね……九人が隠した黄金……いいんですか?」

善子「いいわよ、受け取って。やたら義理堅い聖良が、本家相続と引き換えに黄金を全部譲ってくれたのよ。母が黒澤家から受けた仕打ちへの償いも込めて、とも言ってくれたわ」

善子「……ねぇ、それで和菓子屋のツケも完済できるんじゃない?」

すると頭に手をやって。

海未「いえ、これを担保にまたツケにしてもらえますよ」

善子「ふふっ……なにそれ、意味わかんない」

あまりにも酔狂な発想に、笑みを浮かべた。

673: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:20:02.97 ID:YGYiK9I+
海未「東京に帰ったら、どうするのですか?」

善子「そうね……家を建てて、道具をそろえたら、占いを始めてみるわ!とにかく、好きなことをして生きてみたいの!」

ずっと夢だった、と少女のように目を輝かす。そのまぶしい姿に、海未は羨ましく思えた。

善子「そして、いつか心の整理がついたら……この体験を本にしてみようと思うの」

海未「それはいいですね。私もその立場なら、きっと書き残したでしょう」

善子「ペンネームも決めたのよ、その名も――」

善子「――二階堂夜羽、よ」

ギランと擬音語を口から発し、片手でピースサインをつくって顔に持っていく変なポーズをとった。

海未「……なんだかすごく仰々しいですが。まあ……いいんじゃないでしょうか」

善子「ちょっと……!」

いまいちな反応に、頬を膨らませていると。

ディーゼルエンジン音を響かせ、ボンネットバスが地平線から姿を現すとこちらへやってきた。

674: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:23:04.29 ID:YGYiK9I+
ついに別れの時が近づいて来たのをふたりは察した。

善子「……もう、お別れなのね」

海未「はい、お元気で……」

善子「海未もね」


トランクを手に取って、立ち上がった海未。ちょうどバスが停まり、昇降口のドアを開けた。

海未「そうだ、忘れていました……!落ち着いたころにと思ってましたが」

思い出したように懐に片手を入れると、小さな紙片を取り出して善子に手渡す。

海未「――実は、あなたのお父様の消息について、調べていたのですよ」

675: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:25:55.97 ID:YGYiK9I+
善子「え?」

戸惑う善子を置いて、バスに乗り遅れないよう早口で話し出す。

海未「二十四年前のあの日、お父様は寺に泊まり込んで洞窟にまつわる古文書を調査していたので、輝石に殺されずに助かった。そのあと全ての元凶である自分が生き残ってしまったせいで村にいられなくなり、沼津へ移住したそうです」

海未「憶測になりますが。きっと、お母様のことを忘れられず最も近いところで住むことにしたのでしょう……」

海未「お母様のように教員であり続け、大きな学園の創設者になった――その名も、静真学園」

海未「この紙片には、彼の自宅住所が書いてあります。ちなみに、彼は老いてなお独身を貫いているそうで、周囲に生き別れの娘がいると言っている噂もありますが、未確定ですので悪しからず……」

海未「あっー!遅れてしまう!それでは、お元気で!」

善子「ちょっと、ねえ……!」

何かいう暇もなく、善子を置き去りにして海未はバスに向かって駆け出し、急いで乗り込んでしまった。



善子「ありがと……海未」

自分と父をつないでくれる、この紙片を大事に握りしめた善子。



そして排気ガスと砂ぼこりをあげ、離れていくバスに向かって、見えなくなるまで手を振り続けていた。




――終――

676: 名無しで叶える物語(しまむら) 2023/09/25(月) 00:34:37.37 ID:LS/eg1pw
よかった
最後まで続けてくれてありがとう

679: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 00:39:11.56 ID:YGYiK9I+
二か月以上にわたり保守、応援や感想のレス、ありがとうございました。
初めての長編SSでしたが、楽しく更新させてもらいました。

善子ちゃん黒澤サファイア説のネタスレまとめを見て、
横溝作品を思い浮かべ、つい作ってしまいました。

誤字脱字、表現ミスなどが多かったので、今後の改善点とさせていただきます。

いつか朝香果林さんを大道寺智子にした女王蜂か、別シリーズ別作品あたりで……
ご希望があれば、頑張って挑戦してみたいと思います

ありがとうございました

682: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 01:04:26.59 ID:fhkDWqhe
乙!
更新毎日の楽しみだったよ、原作知らなかったけどとても楽しめました!
次回作も楽しみにしてます!

687: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 01:42:55.61 ID:sl2je9br
金は曜ちゃんをも狂わせる…
長編お疲れさまでした

689: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 06:31:22.85 ID:U3kwaIU/
毎日の楽しみにしてたわ、ありがとう

692: 名無しで叶える物語(茸) 2023/09/25(月) 09:06:15.78 ID:Y5dJqeQN
うおおお一気に読んで追いついたああ(追いついてない)
ありがとううう

694: 名無しで叶える物語(国際宇宙ステーション) 2023/09/25(月) 21:34:44.58 ID:E0eiOaXg
3ヶ月もの間、楽しませてもらいました。乙です、素晴らしい!

引用元:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/lovelive/1689244300/
you fooder
なんとなく察してたけど
やっぱり犯人は私だったね・・・